
湯殿山は、伊勢、熊野と並ぶ日本三大霊場のひとつで昔から「言わず語らずの山」と言われ、湯殿山の御宝前のことについては人に話しては悪い、「語らば聞くな、聞かば語るな」という厳しい戒律があった。
大日坊は大同二年弘法大師の開基であり、正しい寺名は湯殿山瀧水寺金剛院と号したが、追々寺勢が盛んになるとともに僧坊、湯殿山流戒律の修行道場、執事本坊、そして多数信者を導く講堂も兼ねた建物、即ち大日坊と言う本坊が出来た。大阪城落城以前は間口四十六間の大伽羅の建立と発展した大師の開基された教王瑜伽寺(金剛院瀧水寺と改まる)後は、奥の院大日閣としてまつられ、本坊の大日坊は大日如来を安置し本堂としていよいよ隆盛を極めた。又湯殿山は往時女人禁制の秘境であったので大師は女人の心を哀れみ、この地を選び清め、湯殿山大権現を一刀三礼の御敬刻をされた御自作であり、この秘仏の御本尊が金胎両部大日如来で、大日坊に安置されております。
又、湯殿山は丑歳と未歳が御縁年に定められ、この御縁年の歳は秘仏御本尊が湯殿山に祀られ全国から沢山の信者さんが参られたと伝えられております。
湯殿山大権現をお招し、湯殿山のお沢八万八千仏をまつり、女の湯殿山としてお建てになったのがこの寺の起こりです。明治の廃仏毀釈、つづいて大災、昭和十一年の地辷災害と打続く悲運に見舞われ、湯殿山が神道に代わっても丑歳と未歳には秘仏御本尊を御開帳し、法燈を守りつづけ約一千二百年、貫主は九十五世を数えている。東北一の霊山名刹として、なお一層信仰が盛り上がり毎日多くの祈祷、拝観者が訪れる。
※秘仏の御本尊ですので画像は加工してあります。
約二百八十年前、庄内藩主・酒井公により奉納された。
もともと観音様は一躰だけれども、人それぞれの願いにあわせた姿となり、どんな人でも救おうとした。
当寺百体観音は庄内札所31番現在9番・平和観音33所霊場第15番・庄内平和観音第17番霊場である。
お瀧に大聖不動明王(交通安全・厄難消除)
不動尊は大日如来が悪魔降伏の威力を示す変化神で、破邪・顕正・邪毀・邪道を論じ破り、正義・正道を立てる仏と言われている。
又身体堅固・家運繁栄・火難消除の守り仏と広く信仰され、東北三十六不動尊霊場第二番札所である。
版板・波分大聖不動明王
此の木版は約1.000年以前の彫刻と推定され、その内容は不動尊とも又両部大日如来のおすがたとも拝されます。
古代仏教の現実的教そのままを表現した他には、あまり見る事のできない秘仏木版として当寺につたわる宝物であります。
金銅仏釈迦如来立像(飛鳥時代) 国指定重要文化財
此の仏像は古代印度で刻まれ、中国・韓国を経て我が六世紀飛鳥時代に渡来したとつたわる古い仏像であります。火難にあい、金色の光は残念ながら落ちましたが、其の彫刻の美は拝観者の心をひきつけるのがあります。
平成十八年八月二十日に無事発見されましたがおかげさまで平成十八年九月十六日に無事戻って参りました。
飯綱の権現(商売繁昌)
稲荷の大明神で五穀豊穣・福徳自在・商売繁昌の神様でもある。
梵天・帝釈天(縁むすび)
共に仏教の守護神であり萬民の邪悪善悪を監視する。
又正しき男女の縁結びとして古くから信仰されている。
大黒天(五穀豊穣・商売繁盛)
印度から中国から経て日本に伝わり、寺院の守護、又豊饒を司る神である。
然し我が国では主に財福の神として喜ばれ、七福神の一方でもある。
弁才天(大宇賀神功徳・商売・学業・芸能)
大弁才功徳天・妙音天・美音天とも言われ、音楽・弁才・財福・智慧の徳があり天女形で吉祥天と共に古くから信仰され我が国では七福神の一方とも言われている。
山形七福神巡拝札所である。
文殊菩薩(学業成就・進学祈願)
文殊師利の略称であり智慧を司る仏と親しまれ、入学試験・進学成就の守り本尊と信仰されている。
又普賢菩薩と共に釈迦牟尼仏の脇士でもある。
子安地蔵尊(安産・子さづけ)
地蔵菩薩は大慈悲の仏として知られ、衆生の悲運を救う神として信仰された。
特に子安地蔵は、子宝に恵まれない人々が昔より尊崇され、そのため子宝を得た例が数知れない程多い。